義妹と俺様 ―部屋―

このところ部活や生徒会の用事で忙しくて、義妹に構っていなかった。
だから今日は久しぶりに顔を見てやろうと、学校から帰ってすぐ
義妹の部屋に行ったら、この馬鹿は机に突っ伏して眠っていた。

まぁとにかく義妹はひどい状態だった。
置いてあるパソコンはつけっぱなし、しかも片手にはペンタブのペンを握ったまま。
更に悪いことには、(よだれ)まで垂れてやがる。
パソコンのディスプレイを覗けば、相当時間ほったらかしてたんだろう、
ディスプレイにはどっかのアニメキャラのスクリーンセーバーが動いていた。
今更だがこいつは所謂(いわゆる)オタクだ。
家のモンの目を盗んではコンビニで漫画雑誌や単行本を買ってくるのは勿論、
本人が言うには自分でも何か描いてるらしい。
(一度も俺に描いたものを見せたことはないが)
初めて知った時にはさすがに引きつったもんだが、今ではあまり気にならなくなった。

慣れってのは恐ろしいな。

それにしても

「まったく、どうしようもねぇ。」

俺は1人呟いた。
せっかく兄が様子を見に来てやったというのに、こいつと来たら。
とりあえずこのままほったらかして風邪でも引かれたら厄介だったから
何か肩にかけてやることにした。


一旦義妹の部屋を出て、その辺にあった毛布を持って戻ってみれば
この馬鹿はまだ眠ってやがった。
こんな無茶な姿勢でよく寝れるもんだ。腰に負担がかかりまくりそうなもんだがな。
起こそうかとも思ったが、気持ち良さそうに寝ている手前何となく気が引ける。
なので、義妹が机においてたティッシュで涎を拭いてやってから
毛布をかけてやった。
さて、義妹の奴が寝ている以上この部屋にもう用事はない。
俺も部屋に戻るか。

「いや、待てよ。」

義妹の部屋のドアまで歩んでから俺はひとりごちた。
久々に来たというのにこのまま戻るのは何だか面白くねぇな。
そんな考えが頭をよぎる。
ちょっとこの部屋を見物してやってもいいんじゃねぇか。
そういう訳で、俺は義妹の部屋を観察することにした。


義妹の部屋は全体としては、シンプルだった。
オタクといえど家でそう堂々とそれを披露は出来ないからだろう、
棚に漫画キャラのフィギュアが乗ってる訳でも壁にポスターが貼ってる訳でもない。
家具はベッド、勉強机(今部屋の主が寝てる)、本棚がいくつかと部屋の真ん中に
小さなテーブルと椅子が2脚ある。
後は壁に作りつけのクローゼット(これはうちではほとんどの部屋にある)くらいか。

本棚のうちの一つに、人形の家―確か、がここに引き取られる時に
持ち込んだもの―が乗っかっているのが目に付くくらいで
何も知らない奴が見たら、普通の女の部屋だと思うだろう。
こっそり買っている漫画雑誌は多分、メイド達の目を盗んで定期的に処分、
単行本はベッドの下なんかに入れたら掃除に来たメイドに
見られる恐れがあるだろうからそうそう開けられないクローゼットの奥
といったところに違いない。
いくらなんでもクローゼットを勝手に開ける勇気はなかった。
覗いちゃいけねぇもんを覗く羽目になりそうだ。

クローゼットを見ない代わりに本棚の一つに乗っている人形の家を見た。
よく玩具屋に置いてあるようなプラスチック製の安いつくりの家に、
ミニチュアの家具や小物、中には2匹の鼠の夫婦の人形が入っている。
おそらくこの人形の家と一部の小物、鼠の人形はセットだったんだろうが
他にコチャコチャと置かれているティーセットや作り物の食品類は明らかに
作りや色彩が違う。人形のサイズとも微妙にずれているから察するに流行の食玩を
コソコソと集めているんだろうな。
多分、うちだったらもっと上等な奴を買い与えているところだろうが
それでこいつが満足したかどうかはわからないし、欲しいとも言わないのは明白だと思う。
そういえば、たまにこの部屋からゴチャゴチャ物音がすることがあるが、
まさか定期的に人形の家の模様替えでもしてるんだろうか。
有り得る、こいつなら充分に有り得る。
その間はさぞかし幸せそうな顔をしてるんだろう、らしい話だ。

ベッドとかテーブルには特に見るところがなかったから、今度は部屋の主が
涎食って寝てる机を見物することにした。
机に乗ってるパソコンは、俺とは違う機種のデスクトップだ。
ほとんど、と言ってもいいくらい俺以外には自分から要求をしない義妹だが、
パソコンを買ってもらう際には随分とこだわりを見せた。
うちの親父が好きに選ぶといい、とこいつによこしたカタログを何冊も読み散らかして
しかも、いいと思うのといまいちだと思うのにいちいち鉛筆で印をつけてやがったのは
今でも覚えている。
そうやって散々スペックやメーカーを()った挙句に手配されたのが、
今乗っかっている奴という訳だ。
その本体にはこれまた義妹が自分で選んだレーザー式マウスに、
小さいペンタブが接続されている。
よく見たらいつの間に自分で買ったのか、USBのハブやメモリーやヘッドセットまで
繋がっている。
こいつは気をつけないと知らないうちにハッキングでも覚えてるんじゃないだろうか。
確か、漫画類と同じく隠れて漫画を描く道具類も持っていたはずだが
それは机の上になかった。普段は引き出しの中にしまってて、
必要な時に出しているんだろう。
机の横に複合機を置いた駒つきのキャビネットがあるから恐らくはその中か。

散々兄が見回っているのも知らず、は机の上でぐーすかと寝くたれていた。
パソコンのディスプレイではスクリーンセーバーがまだ回っている。
ふと、こいつがペンタブのペンを握り締めてまで何を描きかけているのか
気になった。
そっと起こさないように義妹の横に回り、レーザー式マウスを動かす。
すぐにディスプレイの表示が通常状態に復帰した。

「ハ、こいつは。」

思わず笑いが漏れた。これが笑わずにおれるか。
義妹が開きっぱなしにしていたペイントソフトの窓には
本人の絵じゃなくて写真が数枚、それも連休中にテニス部の連中と
一緒に出かけた時のやつだ。
例によって『何で私が。』とぼやく義妹を引きずって行ったもんだが、
何だかんだ言ってこいつは楽しんでたんじゃねぇか。

「本当にしょうがねぇ奴だな。」

写真にペンタブで落書きされた随分と派手な色の線や字を見つめながら俺は呟いた。


義妹は結局、夕飯の時間になるまで起きてこなかった。
しかも夕飯の席に降りてきた時こいつはずっと首を傾げていて、
どうしたのかと問えばこう言った。

「いや、私パソコンで作業してる間に寝てもてんけど、
何や知らんうちに肩に毛布はかけてもろてるし、スタンバイになってるはずのパソコンが
まだスクリーンセーバー回ってるだけやし、何でやろって。」
「そりゃ妙だな、うちにはポルターガイストはいねぇはずだが。」
「人に毛布かけてくポルターガイストなんて聞いたことないわ。
 ひょっとして、にーさんが。」
「知らねぇよ、何で俺様が転寝(うたたね)してる間抜けの為に
 わざわざ世話焼かなきゃなんねぇんだ。」

言うと、義妹はますます不思議そうな顔をする。
それが面白れぇから俺は、しばらく放っておいた。


義妹と俺様 ―部屋― 終わり


作者の後書き(戯れ言とも言う)

突発的に降りてきた話です。
何故こんな話を思いついたのか、自分でもよくわからないんですが
原因としては用事で電器屋行って、興味本位でついでに玩具コーナーを
覗いてきた後だからと思われます。
とりあえず、義妹に構いたい一心のべーたんを書きたかったってことで。

2008/05/06

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